偽りのヒーロー



 紫璃のことで、頭を整理しようと思っていたのに、楓のことも相まって、ゆっくりと考える暇もなかった。

今日はまだ、紫璃と顔を合わせていない。昨日さんざん鳴っていた着信にも、何一つ折り返しの連絡もしていない。

もう一人で考え込むのは無理かもしれない。そう思った矢先、移動教室の折、菖蒲が声をかけてきた。



「昨日、竹内くんなんだったの?」



 竹内和というのは和馬のことだ。和馬との秘密めいた話を、菖蒲は気にしているようだった。泣きつく菜子に、宥めるような声をかけると、途端に苛々したような表情をしていた。



 既に話してはいたものの、改めてバイト先で作ったブーケが捨てられていたこと、和馬から菜子を探るような女性の存在がいると教えられたこと。

その人物が紫璃とつき合っていたらしい元カノであること、昨日、その人物の二人でいる紫璃と鉢合わせしてしまったこと。


それら全てを打ち明けると、考え込むような素振りを見せた菖蒲が、その女性がどんな人かと問うてきた。



「えっと、女の子、って感じで……」



 外見は、一見背の低い可愛い女性。ボブくらいの髪の毛は、長い前髪を耳にかけていて、ひらひらと手をかけている様が窺えた。

もちろん身だしなみとして化粧をしているのだとは思うのだが、それを抜いて考えたとしても、きっと可愛らしい顔なのだと感じていた。



 言葉少なに発していた声も、甘ったるいくらいの女の子を思わせる声で、菜子とは反対に位置するような女性に感じたことを話した。

すると、みるみるうちに菖蒲の顔が曇っていった。



「……年末さ、原田くんと遊びにいったときさ」

「ああ。私が仮病でドタキャンしたやつね!」

「あっ! やっぱり菜子わざとだったのね!?」



 しばし話の逸れてしまったことを、ゴホン、と咳払いをして、菖蒲が軌道修正している。



「ちょっとぶりっ子っぽい感じの人?」

「そう。男受けしそうな感じだった」

「……菜子。ごめん。私、言わなかったんだけど、その、原田くんと遊んだとき、結城とその女の人、二人でいるの、見たの。それに、」

「私と遊びに行った帰りも?」



 菖蒲の言葉に被せるように、菜子は告げた。菜子はへにょ、と頼りない笑顔を向けたが、それとは対照的に菖蒲は困惑しているようだった。



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