偽りのヒーロー
「菜子……」
「なんで菖蒲が泣いてんの」
潤んだ菖蒲の瞳から、堪え切れず涙が雫となって零れ落ちていた。短い休憩時間だけでは事足りなくて、休み時間はすっとその話で持ち切りだったけれど。
「辛い……」
菜子の言葉を代弁するように涙を見せる菖蒲に、「私がね」と笑って突っ込みを入れた。
笑ってなければ罵詈雑言が出てきそうなくらいには、頭がパニックになっていたけれど、それを察してくれている菖蒲には、やはり笑みを向けることしかできなかった。
「結城と、話、するの」
「したいけど……。今は冷静に話せる気がしないな。それに、ちょっと今日は早く帰りたい」
父からきた、「楓インフルエンザだった」という報告を見ながらそう言うと、「いずれにせよ一発くらい殴ってやりなさい」と手荒い指導をもらい、思わず笑い声をあげてしまった。
「菖蒲といい茉莉といい、過激派多すぎかー」
「それくらいしてもばち当たらないわよ。だって普通に浮気って思うじゃない」
「それはなんとも言えないな。まだ紫璃から浮気って聞いてないし」
「菜子はお人よしなのよ……」
ぎゅっと菖蒲に抱きしめられると、「手洗いうがいちゃんとしてね」と間抜けな菜子の言葉に、菖蒲は少し悲しそうな顔をしていた。
「……紫璃の口から聞いたら、きっと立ち直れないよ」
と、いう菜子の言葉は、菖蒲の鼻をすする音でかき消されていたのは、きっと誰も知らない。