偽りのヒーロー
「終わった……。俺の夏休みが……」
テストが返却されると、レオは一日中ぶつくさと小言を垂れている。隣の席の辛気臭さにつられて、菜子もついため息が漏れてしまう。
「補習って5日だけでしょ? あんなに言ったのに……自業自得だよ」
「ひどい! だいたい菜子なんて頭いい顔じゃないじゃん! 何だよ、その点!」
「……頭悪い顔ってこと? 失礼なやつだな……」
ぴらりと菜子が手にするテストの紙切れの端を掴み、見せろとレオが揺さぶった。
いくら泣きべそをかいたところで、補習の決定事項が覆るわけではない。観念しろとばかりに、餞別代わりの紙パックのジュースを差し出すと、ストローもささずに、開け口に直接口をつけてがぶ飲みしていた。
「そこ、うるさいぞー」
レオが泣き喚くせいで、菜子まで一緒に怒られてしまった。
ふくれっ面のレオの顔を見て、怒りたいのはこっちだよと睨みつけると、へらっと微笑んでいた。
苛々したこの感情を、精一杯眉間の皺をつくって応えると、声をあげずに笑うところがまた苛々を増幅させた。
レオがこんなにもテストの点数が低くて嘆いているのは、補習があることばかりではない。
長い夏休みに入ると、菖蒲に会う口実がなくなることを、どうも懸念しているらしい。
「遊びに誘えばいいじゃん」と軽く助言したつもりが、2人で会えると思うかと必死の形相で返され、男の子の恋心も難しいものだなと悲観してしまいそうになる。
「まあ、頑張りなよ。応援してる、こっそりとね」
「こっそりじゃなくガッツリ協力しろよ!」
負け犬の遠吠えみたいな声が、教室に響いていた。レオの握りしめた、32と赤く書かれた紙切れが居たたまれない。
菜子がため息をつく前に、菖蒲がため息をついていたのが見えて、思わずくすりと顔が緩んでしまったのだった。