偽りのヒーロー



 もう明日から短い春休みに入るという頃、窓の外をぼーっとみている菜子のもとへ、紫璃が訪れた。

慌ただしく顔を右往左往すれば、菖蒲がアイコンタクトで頑張れとエールを送っている顔を、レオの頬を膨らました顔で遮られた。



どこかで張っていた緊張の糸が途切れた気がして、ようやく紫璃と向き合うときがきた。



「—…ごめん。いっぱい無視して」

「シカトしたのはむかつくけど、それはいい。弟が具合悪いなら、そう言えよ」

「……ごめん」

「菜子はいっつもそうだな。なんで俺に何にも言ってくんねえの」

「……そんなつもりは、ない……んだけど」



 いつも通りの、代わり映えのしない会話。しかしわずかに綻びがある気もしてしまうのは、どこかで浮足立っているからか。



「……この前のことだけど」



 口火を切った紫璃に、菜子が神経をとがらせている。

「浮気」「別れ」——負の感情ばかりがつきまとって、顔に暗い影を落とす。



「中学んときの、先輩なんだけど」

「……佐藤りん香、さん?」

「は? なんで名前知ってんの?」

「え? なんでって……」

「菜子。お前、探ったのか。あの人のこと」

「違う! 違うよ、話聞いてよ!」



 先をいき急いだ菜子の言葉に、紫璃は目を丸くしていた。みるみるうちにその目が細くなると、眉間に皺が寄っている。怒っているときの、紫璃の顔だった。



 はあ、と大きくため息をついた紫璃は、自分の頭を無下に書き散らしている。むしゃくしゃしているのは、聞かなくとも手に取るようにわかる。

——こんなときだけ、こんなことだけ。



 ようやく話しができたと思ったのに、聞けばりん香さんを庇うようなことばかり。私が浮気相手だったのではないかと疑うほどに、心酔しているように感じていた。


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