偽りのヒーロー
「…バイト先で作ったブーケ、何回も捨てられてた」
「それは聞いたけど。お前、へこんで電話してきたろ」
「……サトウって人だった! 注文した人、サトウって女の人だった! 何回も何回もわざわざ嫌がらせみたいに……」
矛先が、紫璃ではないところへ向けられた。疑念をぶつけたところで、解決するかもわからなかった。それどころか、紫璃の苛立ちを増幅させている。
紫璃にも、ようやくバイト先で新しい仕事ができたことを、意気揚々と報告していた。ブーケをつくって、それが、捨てられていたことも。
「へえ。よかったじゃん」
「ひでえことするやつもいんだな」
そうやって、同じように感情を共有できたはずなのに、なぜだろうか。
「何。りん香だって言いたいのかよ。その嫌がらせの犯人」
「だって他にサトウなんて知り合いいない!」
「そこらじゅうにいるだろ。佐藤なんて。大体あの人にそんな金ねえよ」
「じゃあ誰がやったっていうの」
「知らねえよ。でも、あの人じゃない、絶対に」
「なんで……」
「お前見たのかよ、その嫌がらせしてる奴をさ」
「……見てないけど、」
「それでなんでりん香って決めつけるわけ。菜子がそんなこと言う奴だと思わなかったんだけど」
興ざめしたような、凍てつく紫璃の視線に、菜子は泣いてしまいたくもなった。それが出来なかったのは、ただの意地。
話をろくにできないのは、菜子のせいでもあるとは思う。けれど、紫璃だって、ちっとも聞く耳を持っていないではないか。
ここで泣いたら負けだ、と睨みつけるような視線で紫璃を見た。到底、彼氏に向けるようなものではない視線は、終わりを表しているのだろうか。
始まりも曖昧なものだったが、終わりも実に曖昧だ。煮え切らない想いだけが沸々と湧いていた。
りん香と親し気に呼ぶ名前も、菜子より先に彼女を庇うヒーロー気質なところも。何度か見てしまった、彼女と一緒にいる場面も。
全部、全部、本物だ。好きだ、と比喩しているようにしか聞こえない。
何よりも、我先に、とりん香のことを庇ったところ。
なんで、先に疑うのが、彼女であるはずの自分に矛先が向いてしまうのだろう。
その言葉が、口の端々から漏れないように、きゅっと口を結んだ。
「……だめだな。話になんね。今日は帰る」