偽りのヒーロー
なんでダメなんていうんだろう。
私の話を聞いてほしいのに。私だって見てた。
紫璃が優しく笑みを向けて二人で並ぶその姿も、彼女であるのは自分のはずなのに、それを見てしまった私の気持ちなんて考えてないじゃない。
そんなこと言う奴だと思わなかったって、何。
紫璃が私の何を知っているの。
誤解してるなんてよく言うよ。二人で歩いて、それを私が見たらあんなに狼狽えていたじゃない。それを浮気と思わずに、なんて思えっていうんだろう。それとも何? 私のほうが、浮気相手だったの。
どうして私を疑うの。話にならないのは、どっちなの。
私だって、たくさん大事なことがあるのに。
今日はだめって言っただけじゃない。具合が悪くて寝込んでる楓を放っておけるなんてないじゃない。
紫璃が全部じゃないのに。
私はいろんなもので構成されてるのに。ばか、ばか、ばか!
——なんて、言えるはずもなく。
吐き捨てるように言って、紫璃は本当に帰ってしまった。ぴくりとも振り返らないその背中に、声をかけることすらできなかった。
「だめだな」、その言葉は何に向けられたものかも菜子にはわからなかった。自分の存在価値を疑われるような言葉にも感じられていた。
それでも自傷行為なんて恐ろしくてできないし、涙を垂れ流して縋りつくこともできない。可愛げのない女だ。きっとりん香ならば、周囲の目も厭わずできるだろうに。
「……はは。そんなこと言ったら紫璃が呆れるか。りん香のことなんだと思ってんの、とか。……もう、なんで……」
今日は帰る。明日はないのに。
春休みでも、会おうとしてくれているとは思えなかった。
幕引きって、もっと美しいものだと思っていた。こんな、醜い言い争いなんかじゃなくて。これじゃあ、幕も下がりきらない、腑抜けたまま。自分の中で、乾いた笑い声だけが木霊していた。