偽りのヒーロー



 考え事をしている最中、とんとんと原田が指で机を叩いた。上の空になっていた菜子に、作業を命じる合図。

慌てて、顔をあげて「入学おめでとうございます」と笑いかければ、原田が目を丸くしていた。



「萩ちゃん。ブレザー似合ってるね! もう友達できたの?」

「そこで会った。同じクラスみたいだから、上まで一緒に行く」



 未蔓に瓜二つと言われる、弟の萩司。

まじまじと見たのが初めてだったのかもしれない。原田は驚いているようだった。萩司の隣には、見かけない男の子が並んでいた。



「似てるよね、未蔓の弟だよ」

「……うん。びっくりした」

「でも未蔓よりツンが2倍増しだよ。可愛げは3倍増しなの」

「ははっ。そうなんだ」



 そのツンツン度が兄より二倍になった萩司が、余計なことを言ってくれるなと視線を送っていた。思春期だな、とくすくす笑うと、萩司の隣の男の子に声をかけた。



「入学おめでとうございます。えーっと、何くんかな?」



 出欠を兼ねた名簿に目を通す。バッチをつけたら印をつけて、誰が来たかを確認するもの。

いちいち聞くのめんどくさいね、なんて原田に愚痴を言っていたものの、身近な人の名前を見ると、途端と高揚する。



「皐月霞(さつき かすみ)です」



 聞き覚えのある名前に、名簿に記載された名前とその顔を二度見してしまった。

皐月、なんとも馴染みのある名前。春休みにあったばかりの、バイトの花屋の常連のおばあちゃん。話にはよく出てきたものだが、カスミちゃんと定着した菜子の呼び方に、何も言っていなかったが、男の子だったのか。



「ばあちゃんから聞いてます。花屋の看板娘の菜子さんってあなたですか」

「あ、うん、看板娘っていうか……。あ、おばあちゃんによろしく言っといてね」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」



 幼馴染の未蔓と、その弟の萩司。どちらも表情が豊かとは言えないとは思っていたのだが、上には上がいるものだ。

ピクリとも動かない表情に、菜子も原田も興味深々だ。



萩司と霞の姿が見えくなった途端に、菜子と原田はピカピカの一年生の話題で盛り上がっていた。

きっと、上級生と思えないくらい浮ついていたかもしれないけれど。



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