偽りのヒーロー
「何なに?」
「喧嘩?」
そんな声がざわざわと木霊している。耳障りにしか感じられないその輪の中心には、呆然とした菜子が床に這いつくばって、じっと一点を見つめていた。
「どうしたの?」
騒ぎに駆けつけた菖蒲は、見たことのない友人の姿に狼狽えるしかできない。
それを見ていた友人たちにすぐさま話を聞いてみれば、「よくわかわない」と一様に困惑しているようだ。
ただ一つ口を揃えて言っていたのは、「菜子が大声出したの初めて見た……」と絶句するように、皆青ざめていたことだった。
淡々と何かをかき集める菜子に対して、何があったのかはわからないが下駄箱の前の板にペタリと女の子らしく座る姿。これだけ見たら、菜子が悪いようにも見えてしまう。
慌ててその事体を収拾するべく菜子に駆け寄ると、遠目からはわからなかったが、床にいくつかの染みが出来ていた。
涙だろうか。
友人数人と菜子のものらしき散らばったものを拾い上げると、滲んだ血の指紋のような跡がついていて、菖蒲は目を丸くした。
それとは相反して、菜子は怒りを抑えながら、ただ何かを拾い上げている。
一心不乱に集めているそれは、いつしか目にしたことがある、花の綺麗な栞だった。
「はい」とぼろぼろになった栞の欠片を菜子に渡せば、「ありがとう」と差し出した手のひらが無数の切り傷みたいなもので、たくさんの赤い滲みが出来ていた。
慌ててその手を引っ込めて、左手を差し出していたが、動揺の色を見せない菜子に変わって、菖蒲が泣きそうになっていた。
「菜子……」
「大丈夫!? え、菜子……手、血が出てるじゃない」
「保健室行く?」
何人も駆けつけてくれた友人達の存在が、本当に有り難かった。
そうしなければ、怒りにまかせて櫻庭に平手打ちの一つでもしていたかとも思うとぞっとする。
「ありがと。大丈夫、そんな痛くないんだ」
ようやく冷静になってきて手のひらを見てみると、思っていたより血が滲んでいた。
玄関を見てみれば、外を行き来するのだから当然かもしれないが、砂利や小石で手のひらを切ってしまっている。
赤い模様で一層手相が見やすくなった手のひらを見た菜子は、なんでもないよとばかりに友人たちに笑って見せれば、菖蒲が嗚咽を吐きながら泣いてしまっていた。