偽りのヒーロー
先生に付き添われて病院に行くとは思わずに、大ごとにしてしまったことを悔いた。声を荒げなければ、ひっそりとした女同士揉め事で済んだかもしれないのに。
学校で起きたトラブルなのだから、教師の引率を要するということは納得できるが、厄介事を抱えて、病院の待合室で、先生にぽつりと呟いた。
「……これって、父に連絡行きますか?」
菜子にとっての不安材料はこれが大きかった。
できることなら知られたくないけれど、きっと包帯を巻かれた手を見て、問い詰められるだろうと、肩を落としていた。
「場合によるな。他のやつらに聞いたけど、櫻庭なんだろ? 喧嘩した相手。櫻庭はもう帰っちゃってたからな、明日話聞かないとならない。お前もだぞ、葉山」
「……」
「連絡するしないにしろ、お前はちゃんと親御さんに言うんだ。わかったな?」
「……はい……」
その日、病院で診察を終えた菜子の足は、鉛がついたかのように重い。
意外にも2針縫った手、砂利や小さな小石が傷口に侵入していて、それを取るためのこじあけたピンセット。
痛くて悲鳴をあげれば、淡々と縫合する医師。
傷口を縫うときは、少なからず麻酔をするものだとばかり思っていたのに、そんなものは一切見られず。化膿止めと痛み止めの錠剤を1週間分も処方されて、散々だ。
利き手の右の手のひら、しかも柔らかくて動きを伴う部分だから、なるべく使わないようにして治りの促進を意識しろと忠告されて。
既に枯れて枝だけになった丸裸の桜の木を見て、ため息をつかずにはいられなかった。エントランスをくぐる身体も重いし、だるい。
エレベーターに乗り込めば、菜子の部屋に向かう途中、未蔓の部屋のある階でエレベーターが停止した。
「あっ! 菜っ子! ちょうどよかった! 大丈夫なの!?」
閉まりかけたエレベーターから、菜子は慌てて飛び降りた。
乗客をのせないまま、上へ向かったエレベーターを見送ると、未蔓と原田が慌ただしく声をあげていた。