偽りのヒーロー
櫻庭については、まだ全てのことに口を割っていないらしい。
男性の担任には言い辛いこともあると、菜子の話を聞いた加藤が起点を利かせ、女性の副担任に話を聞くよう働きかけていたようだ。
しかしながら、怪我というのがどこの話でも中心になり、縫うほどの怪我を見てしまったら、話を聞くだけでは済まないのだと言っていた。
「隠しておけばよかった」と、冗談めいた本気の菜子の文句を聞いて、加藤に名簿でぺシンと叩かれてしまった。
「葉山は女の子だろ。身体は大事にしとけよ。嫁入り前だろ」
「……お父さんみたい」
「お前みたいなでっけえ子どもはいねえよっ」
くくく、と笑いながらの状況説明に、早い段階で終着点が見つかりそうな気がしていた。
櫻庭は親に話していないようだったが、中間テストのあとにある3者面談までは、おおよそ話がまとまるだろうと加藤は言っていた。
互いに謝ること。それが今回の終着点だ。
正直なところ、菜子にとっては不服な部分もあったが、バイト先にさえ謝ってくれたらいいと話してみると、加藤もそれに頷いてくれた。
「大人だな」
ぽつりと漏らした加藤の言葉に、菜子は思わず聞き返してしまった。
こんなに大騒ぎの揉め事を起こした生徒に投げかけるものとは思えなかったけれど。感心したように放たれた言葉に、菜子は疑問ばかりが浮かんでいた。
「納得いかない、とか思ったりするもんだろうに。櫻庭のほうは泣きすぎて嗚咽吐いてたぞ」
「いやまあ。正直今は納得してないですけど」
「大丈夫か。葉山だって、謝んなきゃなんないぞ」
「……まあ、それは。仕方ないです。怪我だってたまたまですし、私も押し返してるんで、いいんです」
「……そうか」
「今はめっちゃ腹立ちますけど。たぶん何年後かに納得してます。時間がものをいうんじゃなくて、今の判断にってことです」
「……ふっ、やっぱり大人だなあ。葉山は」
くしゃと頭を撫でる姿が、父と重なって見えた。
「セクハラじゃないぞ!」と慌てて手をあげるものだから、指を指して笑ってしまった。
櫻庭を担当した先生と話しを照らし合わせて、後日また改めて話す機会を設けるようだ。
それでも迅速に対応をしてくれたおかげで、意外にも頭はスッキリとしていた。
紫璃が菜子の帰宅を、玄関で待っていることを除いては。