偽りのヒーロー
action.29
それから、紫璃とは何もなかったように朝のおはようの挨拶もできた。普通に談笑するし、時には突っ込み代わりに肩をバンバン叩くこともある。
「……信じらんない。よく結城と普通にできるわね」
「菖蒲が私の代わりに泣いたり怒ったりしてくれたからね!」
あの日嗚咽を吐くほど泣いてくれたり、自身の代わりに怒りをぶつけてくれたり。菖蒲がとってかわってくれた菜子の感情を吐き出したおかげか、爽やかな風が吹きすさぶようだった。
感情を顕わにした菖蒲を思い出して、ニヤニヤと厭らしい笑顔を向ければ、デコピンを食らってしまった。
額を覆うその手にはまだ包帯が巻かれているが、痛みはずいぶんと引いている。
「テストまでには右手、使えそう?」
「うん、たぶんいける。さすがに左手だとミミズ文字もいいとこだよね」
「そっか」
「私今回一番とるかもしんないわ。バイト休んで暇だったから」
「え、そりゃすごいわね」
「そうだよ〜、直っぴ抜いちゃうかもよ!」
あれから騒動に関しては、丸く収まったといえる。
直接菜子と櫻庭が話す機会も設けられた。こっちもごめんなさい、と伝えれば、噴水のように泣いて謝られたのには驚いてしまった。
その上、家にまで謝りに来られて、付き添いで来ていた櫻庭の母親はずいぶんとしっかりした人だった。
抜糸をして、力仕事を避けるために、バイトを休んでもう2週間は経っただろうか。時期的にテストがあることも考慮して、中間テストを終えたあとにバイトに出ることになった。
ちなみにバイト先にも謝罪を入れてくれたと店長から聞いて、ほっとしていた。
「迷惑かける前に辞めていれば良かった」
と冗談めいた菜子の本心には店長の叱咤激励が飛んできたのだが。