偽りのヒーロー
あくる日、勉強会と称した友人の家に泊まった時。もう深夜になりそうな深い時間。妹から、メールが来ていた。
「たすけて」と変換もされていない簡素なメール。
もう電車がなかったから、友達にチャリを借りて家に向かえば、ぼろぼろのシャツを着て、部屋の隅で膝を抱えている妹と、顔を腫らした母が家の中に倒れていた。
頭が真っ白になって、のうのうと晩酌をする父を、殴り殺そうと思った。
それでもそれは今の自分にはできなくて、その汚い顔に唾を吐き散らしてやったら、お返しに倍以上のパンチを父に食らったが、それでも後悔なんて一ミリもなかった。
妹を抱きかかえ、母の手を引いて、近くの交番へ駆けこんだ。とにかく先生に連絡してくれと訴えたら、寝静まったはずの時間にも、葉山が駆けつけてきた。
そのときはじめて、妹が実の父親に強姦まがいのことをされそうになったことを知った。
殺してやりたいほど憎かった。血の出た父を見たら、腹を抱えて笑いたくなった。それでもそれをしなかったのは、正当防衛の範疇を超えてはならないという理性が働いていたからだった。
妹は、男性が怖くなったと言っていた。
家にいるよりはましだと中学には行っていたが、男の人がいる教室に入るのが怖いと嗚咽を吐いていた。
母に至っては、何も悪くないのに、守ってあげられなくてごめん、と何度も頭を下げていた。
やはり殴り殺してやるべきだったか。そう思って握りしめた拳を、葉山のでかい手で包みこまれた。
「この手は、誰かを守るための手だ。大和、自分自身のこともな。大事にしなさい」
その日から、生まれてからずっと住んできたマンションに帰ることはなかった。