偽りのヒーロー
「あれっ、まだいたの。下で待っててって言ったのに」
がらっと音を立てて、教室の扉が開かれた。
向かい合った席に、面談の主がその場を離れても尚、父と先生が座っている。何やらくすりと笑い合う両者が親し気で、菜子はきょとんとした顔で父と先生を見渡した。
「あ、先生。さっき吉田先生が探してましたよ」
「そうか。葉山さん、ではこれで。お忙しいところありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。どうもごくろうさまです」
ぺこり、と父が頭を下げると、菜子も思わず頭を下げた。
学校からの帰り道、父の歩くのは変な感じがした。
互いの通勤、通学、同じ電車を使っているけれど、一緒に電車に乗る機会はあまりない。隣に立って、つり革につかまりながら電車に揺られていた。
「加藤先生は慕われているんだな」
大和くんと生徒に親し気に呼ばれていたことを言っているのだろう。こくりと頷いて笑うと、父は続けて不思議そうな顔になっていた。
「菜子は加藤先生って呼んでるのか」
「うーん。一年の最初は大和くんって呼んでたけど、やめたの」
「ん? なんでだ?」
「先生さあ、私が大和くんって言うと、すっごいびっくりした顔するの。幽霊でも見た、みたいな。失礼しちゃうよねえ」
口を尖らせる菜子を見て、父はおかしそうに肩を揺らして笑っていた。きょとんとした顔の菜子が父を見れば、ゴホンと咳払いをして笑っていた。
「よし、菜子。今日は良い肉でも買っていくか。すき焼きにしよう」
そう言って、親子そろって仲睦まじく、肩を並べて歩いて帰った。