偽りのヒーロー
突然の未蔓のそれに、菜子は動じることもなく「はあ?」と眉を寄せた。
風が吹いて、どこからともなく舞った葉が、映画のワンシーンみたいではあるけれど、とても感動的な気分にはなれない。
「どう思った?」
再びアイスを頬張ると、淡々と歩き始めた未蔓が、菜子の様子を窺うように隣を歩く。
「……や、なんかめっちゃ鳥肌たった」
「だろうね」
くすくすと肩を振るわせて笑う未蔓の意図が読み取れない。
「ちょっと菜子も言ってみて」
「えー?」
「なんかこう、この前菜子が買ってた漫画みたいに」
ついには、二次元に話が飛んでしまったのか、と菜子は思っていた。
テストが終わってから解禁した漫画は、いつまにか新刊が出ていて、クライマックスを迎えるステップを描いた、大団円の前の巻になるであろう漫画。
男女の幼馴染を描いた漫画は、小さい頃から一緒にいて、家族愛だと思っていた感情に、いつのまにか芽生えた恋の感情に気づいて、二人が右往左往とする話。
互いに違う人とつき合っていて、それでも何か重要な場面、手を繋ぐとか、キスシーンとか、肌を合わせるとか。そんな場面に必ずちらつく幼馴染の影。
打ち消すように他の人とつき合えばつき合うほどに、幼馴染と大きさに気づく話。
ただ隣を歩くだけだったはずの幼馴染の手の甲が触れ合うと、その気持ちが溢れだしてしまうシーン。
向かいあった幼馴染の手をとって、潤んだ瞳で見つめた顔は赤らんで、風がそよぐとき——
「……好きなの」
「……」
「……」
「……あっはっはっは! きもちわるい!」
声高らかに笑う未蔓は、腹を抱えている。
ちょっとロマンチックになるには失敗して、菜子の手にもったアイスが溶けて、未蔓の手にポタリと甘い染みをつくってしまっていた。
それをぺろりと舐め上げると、可笑しそうに溜めた涙をふき取って、口を開いていた。
「見て。俺も鳥肌たった」