偽りのヒーロー
家から持ってきた浴衣は、菖蒲と同じ色で被らないようにと、数着ある浴衣の中から、濃紺地に赤色の帯が栄える花の浴衣。
一方、菖蒲は薄い藤色にオレンジ色の模様が栄えた和柄の浴衣。シルバーっぽい帯が珍しくて、「可愛いね」と褒めてみると、「それ、菖蒲の一張羅なのよねえ、誰と夏祭り行くのかしらねえ」と、娘を茶化すような言葉で、菖蒲はぷりぷりしていた。
大人びた印象の菖蒲は、てっきり暗めの浴衣を着るものとばかり思っていて、前日にクローゼットの中かから引っ張り出した水色の浴衣を持ってこなくて良かった、と安堵していた。
自分にあった柄と、自分の趣味嗜好を兼ね備え得た菖蒲の浴衣を見て、それほど原田との距離が縮まったことが窺えた。
「あらっ、菜子ちゃん、矯正かけてるのね」
「あっ、はい、私天パなんで……もう結構取れちゃってるんですけど」
「そうなのー。もったない。ふわふわの髪も可愛いのにね」
髪の毛を巧みにアレンジしながら、菖蒲の母親が笑っている。
昔ほどはコンプレックスではなくなったその髪も、やはり真っ直ぐな乱れのない髪の毛に憧れているけれど、如何せん縮毛矯正は高価なもので、そう頻繁にかけられるものでもない。
こうやって毎日プロの手で綺麗にしてもらえるのなら話は別だが、そんなことは毛頭無理なこと。
一つ結びのポニーテールが精いっぱいの菜子にとっては、鏡に映った綺麗な髪の毛に見惚れてしまって、なんだかナルシストにでもなった気分だ。
「ありがとうございました!」
「気をつけて行ってくるのよー」
そうして待ち合わせの場所まで、菖蒲と二人で歩いて行った。
カランコロン、と下駄の小気味いい音が木霊する。
最小限のものしか入れられない巾着も、一層夏の気分を盛り上げてくれて、足取りも軽い。