偽りのヒーロー
花火が打ち上げられる時間がすぐそこに差し迫ると、ゆっくりと鑑賞する場所を求めて移動する人たちが多くなった。
自然、というには少し強引に二人きりにした菖蒲と原田も、なんとか一息つける場所へ行っているはずだ。
「菜子、花火見てこうよ。せっかくだし。……それくらいいでしょ」
自分の役割を終えて、帰ろうかとも思っていた菜子の感情をかき消すように、レオが笑っている。見透かされた菜子の感情も、ついにはレオに見抜かれるくらい素直なものになってしまっていたらしい。
数年前は、硬く閉ざした笑顔の仮面が、もう効力をなくしている。
レオに誘われるがまま、隣を歩こうとしたけれど、人の波で、時折レオの背中を見て歩いていた。
カラコロとリズムを刻んだ菜子の下駄は、レオの背中にぶつかって、停止した。
「いたた……。急に止まらないでよ、レオ。何、どうし、た……」
レオの目の前にはデニムスカートの中にシャツを入れた、可愛いらしい女の人。その名前を、菜子はしっかりと頭に刻んでいる。
「あ、りん香さん……?」
りん香の隣には、当然のように紫璃がいる。
レオの背中から見たそれは、できることなら見たくない二人の姿。手は繋いでいなかった。それでも、紫璃の肩にかかった女もののカバン。恐らくりん香のカバンだろう。
そんな優しい気遣いをするのなんて、もう、行きつくことはひとつ。
「紫璃も来てたんだ」
努めて明るく振る舞った笑顔は、年季の入った仮面の笑顔。
レオにはばれてしまうかもしれない。それでもりん香にはきっとばれないだろう。……彼氏、でもなくなった紫璃にも。
「あ! あなたが菜子ちゃん!? わー会ってみたかったの!」
可愛らしい声は、弾むように奏でられている。菜子の腕をとって、ぶんぶんと上下に揺さぶられていた。
「……菜子は、レオと二人?」
確認するように、きょろきょろと見る紫璃の顔には、できるだけ、ピントを合わせないようにした。
自分が望んで別れたのに。半ば無理やりだったかもしれないけれど、きっと紫璃もわかってくれたはずなのに。
その顔が、あまりにも、ゆがんでいて。