偽りのヒーロー
隠れるように、カラン、と菜子の下駄の音が鳴ると、レオは菜子の手を握り、再び歩き始めた。
「そ! 邪魔すんなよっ」
レオの顔は、菜子には見えなかったけれど掴んだ手が熱を帯びていた。熱いのに、その胸のなかにはひんやりと冷たい風が吹きすさぶみたいで、途端に足取りが重くなる。
「行こ、菜子」
握った手を、縋るように握りしめた。人混みの中でも、離れないように、しっかりと握りしめて。
「……ちょっと待てって!」
紫璃が声を荒げて、菜子の肩を掴んでいる。「何?」と呼ぶ声は、当の本人からは聞こえなくて、菜子の手を掴むレオの声で再生された。その声色は、ひどく冷たい。
「よく言えるよな。菜子の前で。先に手を離したのは誰なんだよ!」
菜子は、ぐいぐいとレオの手を引っ張った。早くその場から離れたい一心で。
紫璃の顔は見なかった。見たら何かの感情がぶり返しそうだったから。
人混みから少し離れた場所は、意外にも人気が少ない。既に上がり始めた花火。夜空に咲いた、その綺麗な花を見る余裕さえ、菜子にはない。
「ごめん、レオ……」
菜子の声が、消え入るように小さくなった。夜空を色どる花火に向けられた歓声にかき消されるくらい。
掴んだ手を、離さなかった。菜子がぎゅっと握りしめていたその熱を感じていたい。そうして場所を変えても尚、レオは菜子の手を放さなかった。
紫璃の絶句した顔。菜子の動揺を隠せない、少し震えた手。だいたいなんなんだ、あの女。紫璃も紫璃だ、制止することもしないで。そうやってぐるぐると沈黙の中、思考回路を働かせれば、菜子の手が離れていきそうになるのを、必死に握りしめた。
「っ、ごめん……」
俯いた菜子の目元から、涙が零れ落ちていた。花火の煌々とした灯りで、きらきらと光っている。
「……菜子って、紫璃のこと」
「っ、言わないで!」
握った手に、ぎゅっと力が込められた。なんだよ、そんなの。もう言ってるも同然の……。
「言わないで、レオ、ごめん。誰にも言わないで」
「じゃあ、なんで別れたんだよ……」
沈黙が痛い。自分で自分の傷を抉るみたいに。何度も否定された感情は、まだ紫璃のもとにあって。