偽りのヒーロー
りん香さんがいる感情の中で、自分のことを考えてほしくない。それでもちょっと、考えてほしい。
自分本位な狡猾さ。
好きって気持ちは、芽生えるよりも、振り切ることのほうが難しかった。
ちょっと弱い人に、弱い紫璃。優しい性格は、時に鋭利な刃を向けられるかのごとく。りん香さんを心配してるなんて、百も承知だ。
言葉を交わして確信した。あの人は、本当に悪気なく紫璃に寄りかかったんだ。心も身体も。彼女がいるからとか関係なく。
たぶん、りん香さんの記憶は紫璃の中から消せない。そんな気持ちで付き合えない。
……紫璃のことがまだ好きなのに。
そう簡単に、消えてなくなる感情なんかじゃなかった。
彼氏じゃなくなれば、友達に戻れば、クラスメイトに戻れば。そんなの、あまりに安直すぎる考えだった。
紫璃の笑う顔も、「……はよ」ってちょっと濁る挨拶も。
それでもその手をとれない。他の人が心に棲みついた状況で、一緒にいられるほど、恋愛をわかっていない。
未練たらしいなんて、そんなの自分でわかってる。それでも菖蒲にもわからないくらいには上手く振る舞っている。
それでもだめ、駄目なのだ。
「好き」なんて、あまりに重い言霊を口にしたら、その感情が溢れ出す。もう、普通に、振る舞えなくなる。
りん香さんと私を天秤にかけて揺れているような状況で、紫璃の口から「やっぱりりん香のほうが好きだ」なんて言われたら、もう、辛くて、何も考えられなくなる。