偽りのヒーロー
「花屋って楽しい?」
花に興味があるのだろうか、結城は菜子にバイト先のことを問う。
学校ではしない話に、少しばかり楽し気に、いかに花に囲まれて気分が華やぐかなどと、身振り手振りを交えて説明をする。
水で重くなった深いバケツを扱うことで、重労働さながら腕力もついたとばかりに、二の腕に見えない力こぶを作ってみせた。
「全然ねえし。つかたぶん硬くなさそう、お前の腕」
「……でぶってことですか、そうですか」
「んなこと言ってねえだろうが」
屈託のない結城の笑顔に菜子がまじまじ見つめると、結城は反対に顔を背けた。
結城は道中、ズボンのポケットに手を入れて歩いているのには気づいていた。
ポケットに入れた手が、何かを掴んでは姿を見せずに再びポケットの中に収められる。それが携帯だと気づく頃には、既に菜子に家までほど近い距離になっていた。
「結城くん、携帯見て大丈夫だよ。私なんて気にせず、どうぞどうぞ」
ニッと菜子が顔をあげると、ポケットの中に手を入れて取り出した携帯の画面をゆっくりと覗いた。気づかず結城を置いて進む菜子が、少し進んだところで一人で歩いていることに気づき、慌てて駆け寄ってくる。
「お前、全然携帯いじんねえのな。店でも全然見てなかった」
ぶらりと垂らした結城の手の中の携帯の画面に、着信が来ているのだろう、何度も名前が表示されていた。着信に応答することのない結城を見て、菜子は首を傾げていた。
「え、だって結城くんいるし……。携帯見てたら顔見て話できないよ」
何を言い出すかと思えば、結城も人並みの高校生。携帯を手放さないタイプなのかもしれない。
笑って隣を見上げると、驚いたように目を見開いている。「あっそ」と言葉少なに返された返事は、冷たいようで柔らかな口調で、なんだか空気が和らいだような気がしていた。