偽りのヒーロー
action.32
「ここいい?」
夏休みの補講が行われる教室。
何事もなかったかのように紫璃から声をかけられた。「どうぞ」と菜子が笑うと、紫璃が驚いたように隣の椅子をひいていた。
夏祭りが終わった後も、補講があって、毎日のように学校へ足を運んでいた。そうすれば自然に同じクラスの紫璃とは顔を合わせてしまうのは、意外にも、堪えられないような苦痛ではなかった。
「あのさ、午後、さぼらね?」
深刻そうに、俯いた紫璃の睫毛が揺れていた。
菜子を見上げる目線は、子供っぽくねだるように見上げる男の子のものじゃなくて、きっぱりと一線を引いた、男の人みたいな瞳をしていた。
「海行こうぜ」
「……なんで?」
「一生のお願い、だから」
にっと笑ったその笑みは、意地悪な友人の目だった。少し躊躇った菜子は、しばらく考えていると、その首を縦に振って頷いた。
一生のお願い、なんて大層なことを言うものだ。
本当に、午後の補講をさぼってしまった。お昼に食べる、お弁当も開けないで、束の間の昼休みで寛ぐ同級生を見ながら、菜子と紫璃は、学校の外へ出た。
「え!? 菜子と紫璃……。なんで!?」
べったりと窓ガラスに張りついたレオは、菜子を呼び止めることは許されない。
面接の指導を控えた先生に首根っこを掴まれて、その後を追うことは敵わなかった。