偽りのヒーロー
夏の日差しが眩しくて、大勢の人で賑わっている。一年前とはまるで違う光景に、水着の中にぽつりと二人の制服姿が目立っていた。
「ちょっと歩こ。ここ、人多すぎだし」
砂浜にほど近い、道路の横を歩いていれば、岩場に隠れて、到底泳ぐには相応しくない場所が広がっていた。雄大な海の景色はそこには、なくて、広い塩の味がする湖のようだった。
靴下を脱いだ紫璃は、砂まみれになることなんて、気にもせず、通学カバンを放り出した。制服のスボンの裾をくるくると捲って、海の中に足を入れようとしている様子が見て取れる。
ちょっとはしゃいだその姿に目を丸くしたが、「菜子も来いよ」と明るい声が頭に響いて、靴もカバンも投げ出した。
熱い日差しの中で、くるぶしまで浸かった足だけが冷たい。次第に海水の温度に慣れきって、生温く感じていた。
「気持ちーな」
そう言って笑う紫璃の顔が眩しかった。菜子が目を細めてしまうほどに。
ちゃぷちゃぷと水の中を歩いていると、ばしゃっと、勢いよく水が飛び跳ねた。紫璃の勢いよく振り下ろされた足で、水しぶきがあがっている。
当然、捲った裾なんて意に介せず濡れてしまっていたものの、菜子のスカートの裾にも、ぴちゃりと潮の染みができてしまっていた。
「あっ! ちょっとー何するのー」
男子の学生服と違って、プリーツのスカートって、洗濯するの大変なんだよ、と口を尖らせていると、紫璃は目を細めて笑っていた。優しく微笑んだ笑顔は、何か月ぶりかに見たような気がした。
「本当は、お前と来たかった」
「……何言ってんだか」
鼻で笑った菜子の言葉にも、腹を立てている様子はない。
それどころか、近づいてきたその距離は、今にも抱きしめられても可笑しくないほどの距離。
紫璃の目に視線を合わせると、「あのさ」と紫璃は口を開いた。