偽りのヒーロー
小さいと思っていた菜子の背中は大きくて、でもやっぱり小さかった。
抱きしめなくても、一人で立てるなんていうのは勝手な俺の建前で現実は、本当は違っていた。立とうとしていた、必死で。
それを菜子は、俺の「せい」なんて皮肉交じりの言葉を言っていたけれど、褒められているようにしか思えなかった。
「菜子のこと、もっとわかってやれたらよかった」
「紫璃じゃん、私の話聞いてくれなかったの」
「……二人の問題、なんだろ」
菜子の言葉を引用したように答えれば、「そうだね」と笑っていた。もっとちゃんと話せばよかった。そうやって後悔を吐露するように吐き出しても、俺の気持ちは穏やかだ。
ずるいと罵られる覚悟はある、最低だと平手うちの一つもされる覚悟もある。
でもそれは、菜子にだけ。やっぱり菜子には特別な感情を抱いている。……それは、もう言えない立場になってしまったけれど。
「ごめんな」
「なんか謝られると、みじめだね」
けたけたと笑いながら、菜子は水を蹴り上げていた。もうズボンの裾はべちゃべちゃだ。菜子のスカートも。
今となっては菜子の白いセーラー服が濡れるんじゃないかと、少し焦っている。
「紫璃はりん香さんのヒーローになったわけだ」
「……そうだよ」
「ふふっ。意地悪したつもりなのに。そう簡単に返されたら、こっちが、み、惨め……」
初めて泣いた菜子の姿。ふるふると震えている。
ぽたぽたとスカートの裾から雫が垂れていて、やっぱり小さく見える。
我慢したであろう言葉も、ぽろぽろと口の端から漏れていて、その言葉も逃さないように耳を傾けた。
「けがだって、りん香さんのことだって、それに、紫璃はいろんな女の人とヤッたりして最低だ……」
「……ん」
「みんなのところにはそうやって助けにくるのに、なんで私のとこには来ないんだろう……」
レオにも、きっと一之瀬にも。それと、楓かな。ヒーローなんて、子供染みた言葉。それでも一番菜子にひどいことをした自分。
免罪符を背負っても、この肩の重荷を少しだけ軽くしたいと思うくらいには、恋い焦がれた相手。
今も、少し、いや、だいぶ。後悔はしているけれど。