偽りのヒーロー



「悪いのは、俺だってわかってるけど、菜子には言いたいことあるわ」



 ぐすぐすと、涙が海の一部になる。

その手をやっぱり取らずにはいられなくて、握りしめた。柔らかい、抱きしめてくれたその手のひらに、縫い目が残っていて、胸がひどく痛んだ。



「近くにいるのに、助けを求められない、手も伸ばしてもらえない。俺の気持ち考えたことあるか」

「……」

「助けてほしいなら言えよ。嫌なら嫌って言ってほしい。そうやって、お互いのことわかってくんだろ」

「……言っても、」

「いいんだよ。ってか、言え。……もう俺に言っても遅いけど」



 菜子は力なくへたり込むと、海に濡れることなど厭わずに、浅瀬に腰をおろしていた。

目を合わせるようにしゃがみこめば、ぼろぼろと水を零して泣いている。

可愛い、なんて言ったら笑われてしまうだろうか。




 誰も責めないこの女。
初めて本当に好きだと思った菜子。

浮気者みたいな言葉だけれど、良すぎるくらいのいい彼女。
初めて聞けた本音に嬉しくなって、自分の尻が海に濡れていることなんて、気にならなかった。



「ごめんな」



 たっぶりと反省を込めた言葉には、ふるふると首をふるっていた。曖昧に思えるその仕草も、今になってわかるなんて皮肉。

互いに濡れた姿を見て、くすりと笑う菜子を見て、きっともう大丈夫だろう、と思えていた。



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