偽りのヒーロー
「最後にもいっこ、一生のお願い」
人差し指を目の前に立てて、じっと菜子の顔を見つめると、「もう二回目じゃん」とけたけた笑っていた。菜子のことを思うから、自分がひどく残酷なことをしたと自覚があるから、綺麗に幕を引く予定は、目の前の菜子を見て崩壊した。
抱きしめた菜子の身体は、潮くさくて、自分と同じ匂いがした。
「浮気者」
「最低は俺の専売特許だからな」
「ほんとだよ。もうりん香さんだけにして」
「……ん。お前がこの腕から離れたら」
ぐりぐりと菜子の肩口に顔を埋めた。
浮気者の最低なこの俺の背中に添えられた手は、きっと忘れることができない。
本当は、最後にキスと一つでもしたかったけれど、それもしたら本当の屑だと思われるのは嫌で、抱きしめるだけにとどめたのは、最低ながらも、精一杯の紳士のライン。
別にいい。菜子とちゃんと別れることができたなら。
最後まで、名残惜しい。
その身体を引き離せば、菜子はすくっと立ち上がって、ふるふると水しぶきがとんできた。
濡れてしまった制服を、雑巾みたいに絞ると、勢いよく水が零れていた。