偽りのヒーロー
帰りの電車は最悪だった。潮臭さを漂わせてずぶ濡れになった二人に、乗客の視線が痛い。
なるべく水気を切ったそれも、やはりドライヤーとか、洗濯機とか、そんな文明の利器がないと意味がなくて、甘んじて突き刺さる視線を受け入れた。
びしょびしょになったセーラー服は、ブラがくっきり見えていて、なんだか笑いが止まらなかった。
下着の上に、さらと夏服を着れるほど私は大胆じゃないから、大丈夫かと思っていたキャミソールは意味をなしてなかった。
紫璃が湿った、制服のYシャツの下に着ていたTシャツを貸してくれたけど、紫璃に包まれているみたいで、なんだかしゃくだ。
「別にやることやってんだから今さらTシャツくらいで……」
憎まれ口は、傍から見たらきっと最低なモラルに欠けた言葉だったかもしれないけれど、菜子には心地いいものだった。吹っ切れた、合図みたいで。
最も、紫璃はとうの昔に、違う人に感情が向いていたけれど、菜子もこれできっと大丈夫だ、と思えるようになっていた。
まだ少しだけ残っている好きという感情は、時間とともに薄れゆくだろう。
「菜子は俺の初めての女友達だしな」
そうやって、好きを敬遠する言葉も、優しさを含んでいるようにしか聞こえなくて、笑うしかない。それでもすっと気持ちの荒波が穏やかになっていて、やっぱり、紫璃は特別な人だったんだと痛感できた。
受験生なのに、午後の補講をさぼっただけはある。
よかった。紫璃を好きになれて。
「紫璃、これありがとう」
洗濯をして、すっかり潮臭さがなくなったそれを、紫璃に返すと、「さんきゅ」と見慣れた笑みが帰ってきた。
驚くほどに、穏やかだ。吹っ切れる、とか、終わった、とか、綺麗な幕引きだと思う。
わずかに紫璃にときめいてしまう瞬間があるのは目を逸らせない現実だけれど、すっかり友人に戻れば、二人で駅までの道のりを歩いても、微塵も恋心の香りがしない。