偽りのヒーロー




「ん」



 差し出された結城の手に疑問しか浮かばなかった。無反応なのもいただけない、考えた挙句、菜子は犬のお手のように手をのせた。



「ふっ、違ぇし。携帯。お前の貸して」



 慌てて手を引っ込めると、カバンの定位置からずぐさま携帯を取り出した。差し出された結城の手のひらに、今度は菜子の手ではなく携帯を差し出すと、慣れた手つきで菜子の携帯を操作する。



「お前、携帯ちゃんとロックしといたほうがいいと思うぜ」



 菜子のもとに戻ってきた携帯の画面には、新しく結城の連絡先が登録されていた。クラスの皆で組んだグループではない、結城の連絡先が新たに記されている。

不思議そうにじっと画面を見つめる菜子の前髪が風で乱れて、可笑しな方向を向いた髪の毛を結城が整える。目を丸くする菜子に、結城は口角をあげずにはいられなかった。 



「わ、私の家あそこだから、ここで大丈夫。ありがとう」



 柔らかい結城の顔に困惑して、挙動不審になってしまう。あまりに自然に触れる手に驚いて、どう反応していいのかがわからない。菜子は、今ずぐその場を離れたい気持ちでいっぱいになっていた。



「えっと、じゃあね」



 慌てて結城のもとを離れる、菜子のその背中を目で追った。

ぱたぱた駆けていくその先に、よく菜子と一緒にいるのを見かける男が手をあげていて、思わず結城は様子を窺い見た。



「一之瀬がなんでいるんだよ」



 眉間に皺を寄せる頃には、エントランスのガラス扉の中に吸い込まれていった。菜子と未蔓、結城が見たことのない、小さな男児の手をとって。



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