偽りのヒーロー
放課後の補講を終えると、既に辺りは真っ暗になっていた。
地学専攻者が少なくて、時間割が、微妙に都合と悪いところへ追いやられてしまっていのには苦笑した。生物、物理、化学、と比較して少ない地学の補講者。
それでもセンターを切り抜けるためには、点を稼げそうな教科をとるのが自然の摂理。
未蔓も菖蒲も紫璃もいない。
ぽてぽてと下駄箱に手をかければ、ローファーがなくなっていた。口元に手を当ててあわあわと周囲を見渡せば、いじめという文字が浮かんできて、頭を抱えて辺りを探し出した。
「菜子のローファーはここでしたー」
ローファーをちらつかせていた犯人はレオだった。
焦って早くなった鼓動を落ち着けるように深呼吸をした。レオの肩にパンチをくらわせれば、それなりに痛みを感じるはずのライト級のパンチには、ニコニコと笑みを浮かべている。
「俺、内定出たよ」
職員室で行ったときに、先生と話すレオの姿を見た。内定が出たのだって、そのとき嬉しそうな先生の綻んだ顔を見ていたから知っている。
「……知ってる。おめでとう」
素っ気なくいったつもりの菜子の言葉に、レオは瞳を輝かせている。
なかなかローファーを床に置いてくれないレオに業を煮やして「何?」と苛々した様子を見せれば、それでも笑顔を浮かべたままだった。
こうやってレオと話すのは、懐かしささえ感じられる。
夏祭り、綺麗な花火に照らされたレオの瞳に、灯りが灯っていない、暗い顔。
あまりに淀んだ顔に、辛い言葉を投げかけるのを躊躇ったが、含みを持たせた期待の言葉の方が、もっと辛い。
自分が、そうだったみたいに。
二人きりにはならない。言葉を極力交わさない。そうやってレオの目から逃れようとすると、意外にも労力を使うことも分かった。
人を無視するのなんて、本当だったらやりたくない。気疲れするし、避けようと思っていながら、レオの周囲に目を配ったり。
とてもじゃないけど、ずっとはこのままでいられない。
あんなにはっきりと言ったのに、なんでこんなにも自分に好意を向けるのかと、菜子は疑問を抱かずにはいられない。