偽りのヒーロー
無理だって、突っぱねたのは、あのときできる、自分の一番の正解の行動だったはずなのに。
紫璃を思っている菜子を思うだけ無駄、それは、時間のことも相まって。
それなら早くに可能性がないことを示せば、他に気持ちが向くのが自然だとも思ったのに。別に恋愛じゃなくともいい。友人と遊んだり、趣味を持ったり、なんでもいい。
「靴、返してよ」
ローファー強奪を強行したわりには、悲哀の目を浮かべている。
今にも泣き出しそうな顔も、拳をつくって、制服のズボンを握りしめて、何か言いたげに口を薄く開いている。
冷たく言い退けた菜子の言葉にすんなり従って、ローファーが床に置かれた。けれど、ローファーに滑り込ませた足は、まだ帰路に着くことは許されなかった。
「菜子と話せないのはいやだ」
わがままみたいな言葉には、子供みたいで可愛げがある。それでも弟をあやしたりするようには接することはできない、いや、しないと決めている。
「……レオ、彼女とかできた?」
「俺が好きなのは、菜子、なんだもん……」
荒げたレオの声を聞くのは久しぶりだった。レオとは喧嘩をしてばっかりだ。笑ったり、泣いたり、なんだか忙しい。
通学カバンを肩にかけ直して、身支度を整えた。もう帰るよ、と無言のレオへ向けた合図だった。
「なんで、なんで俺はだめなの。紫璃はいいのに」
縋るような、レオの目も。わざわざこうやって喋るように仕向けた手間も。
レオはバカだ。私はそこまで優しくない。そんなの粉々にだってできるくらいには、ひどいやつなのだから。
「応えられないって言ったじゃん。他に良い人いっぱいいるよ。私みたいの、特別でもなんでもない」
「違う、そんなこと、」
レオが何か言いかけていたけれど、知らないふりをして、言葉を被せた、ひどい仕打ち。
自分がいう言葉で人を傷つけるのは、吐き気がするほど嫌になる。深呼吸をして、呼吸を整えると、意を決して菜子は口を開いた。
「私はレオのことは好きじゃない」
はっきりとした拒否。
レオの顔が、はっきりと光を失くしていたのがわかった。手に持ったカバンが、ゴトン、と硬質な音と共に落ちている。
それでも曖昧な優しさは見せたくない。