偽りのヒーロー
「……あの略奪女とはうまくやってんの?」
鼻で笑って、意地悪な言い方をしてしまった。名前なんて、覚えていない。
ただ、菜子のほうが可愛いな、とか、菜子の背の方が顔が近くていいなとか。そんな風に菜子と比較してしまったことしか覚えていない。
その後どうなったかなんて知らなかったけれど、世間話かくらいのテンションの如く聞こうかと思っていたが、思いのほか意地の悪い言い方になってしまっていた。
「……レオに略奪女呼ばわりされたくねえんだけど」
「よく言うよな。お前のせいで菜子が、」
「菜子がなんだよ。今関係ねえだろ」
「……くそっ」
よほど心酔しているらしい。
その女がりん香という名前だと聞いても、明日になればきっと忘れてしまっているだろう。
眉間に皺を寄せた紫璃を見て、「菜子」を「関係ない」と言っているのを聞いて。
自分が八つ当たりしてしまったことと、紫璃が既に新しい道に進んでいることを突きつけられて困惑した。そして、きっと……菜子も、そう。
「……レオ。お前ふられたのか」
黙ったレオを見て、紫璃は目を丸くしていた。手のひらで踊っていたウーロン茶も、既に大人しくなっている。
さすがは友人だ、仕草一つでばれるなんて、いやな、やつ。
うんともすんとも言わなくなったレオを見ると、菜子にふられたという事実も確信したようだった。それもサラリとふられたものではなく、きっばりと拒絶の銃口を向けられていたことを見透かしたようで。
「それは、気の毒なこった」
別に同情してほしいわけではない。けれど、紫璃との分厚い壁の高さみたいなものを感じて、逆上してしまった。
紫璃の胸元に拳を叩きつけて、胸倉のシャツを握りしめた。くしゃりと掴みあげて、力を込めた拳が、ふるふると震えていた。
「殴りたいんなら殴ればいいだろ」
そうやって、目の色すら変えない紫璃に、レオは顔を歪めた。少し、泣きそうなほどに胸中が乱れている。
「……殴らないし」
喧嘩したことなんて、小さな頃に兄貴をした取っ組み合いくらいしかない。殴り合いの喧嘩なんかしたことがない。
そんな、人を傷つけるようなことなんて、怖くてできない。