偽りのヒーロー
紫璃の制服から手を離すと、こんもりと皺になったシャツが乱れている。払うように制服の上を撫でると、身なりを整えていた。
紫璃に怒った様子はない。ずいぶんと、器がでかい男になったようだ。
「俺のこと嫌いなんだってさ、菜子は」
吐き捨てるように呟けば、吐きそうなほどに苦しくなる。紫璃を見る目も歪んでいる。そんな紫璃が、目を丸くしているように見えるのは、湾曲した水晶体のせいなのか。
「は? 本当に菜子がそう言ったのかよ」
一言一句再生しろとでもいうのだろうか。
正しくは、好きじゃない、だったかもと吐露すると、レオのことなど気にも留めず、ふわりと笑っていた。
「菜子もレオには甘いよな」
「……はあ? 嫌味かよ、元カレだからって」
「そうだけど」
にっと意地悪く笑った紫璃の意図は読み取れない。
わかるのは、俺にわからないことを、紫璃はわかってるということだけ。
「今のお前よりは菜子のこと知ってるわ。レオ、お前のことも」
「……意味わかんね」
「わかんねえなら別にいいし。あんま困らせんなよ、受験あんだぞ」
「……わかってるよっ! あんなにはっきり嫌いだって言われたら、もう、だめだろ……」
苦しくなって、尻すぼみになった言葉を、紫璃は面白そうに笑っていた。レオの肩をポン、と叩くと笑って「まーがんばれ」と言って、その背中は小さくなっていく。
ばかみたいだ。自分で口にしたら、もっと落ち込んでしまう。
ぐりぐりと深く傷口を抉るように。