偽りのヒーロー



 ピシャリと水をせき止めるような未蔓の一言に、皆一様に目を丸くしている。はっきりとした物言いに、一番ショックを隠せないのは菜子だった。

物言いがきっぱりしているのは、未蔓の特徴だって理解はしている。

それでも、拒否反応みたいにきっぱりと言われたことに、困惑してしまったのだ。



「み、未蔓……。そんな言い方、な、菜っ子もほら、別に未蔓はさ」

「はっきり言った方がいい。菜子は、たぶん、クズ。……結城よりもね」



 しん、と静まり返るような空間。

教室の一角だけが切り離された空間のようにも思えて、それほど未蔓の言葉に困惑していることが見て取れる。

本人は、語尾に笑いを交えた一言を付け足したようだったが、それに突っ込みが入ることはない。

未蔓に言い返すのは、菜子の役目みたいなものだったから。




「逃げ道つくるのやめれば。菜子のそういうところ、ばかみたい」

「おい、一之瀬、そんな言い方しなくても」

「みんな菜子のこと庇いすぎ。言ってやれば。ばかだって。ずるいって。本当のことだし」



 友人たちは、呆気に取られて、口をぽっかり開けている。その中でも、菜子は一人顔しかめて、口も一文字に結んでいる。ばかだな、こんなに正直者なのに。





 優しいだなんて、きっと俺が一番知っている。長く一緒にいた時間もある。

菜子は強くなったけれど、やっぱり弱い。人を傷つけるのは怖いのに、自分が傷つくのだって怯えている。



 結城とつき合ったこと。終わりはきっと予だにしなかったことだろうけど、間違いなく付き合った意味があった。「好き」の新たな種類が加わったからだ。

それなのに、また同じことを繰り返そうとしているのだ腹立たしい。いつも遅い。好きになるのが。

もともと方向音痴だけど、恋愛までも方向音痴だなんて思わなかった。



 レオは素直な人だから。思ったことをすぐ言葉にするし、頭で考えるよりも先に身体が動くタイプだ。

あまりに偽りの感情を浮かべるのが上手くなったから、真っすぐな感情が怖いのなんて、隠せてない。

何年の付き合いだと思ってるんだろう。顔を見れば、わかるのに。



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