偽りのヒーロー
菜子は嫌いな人がいないって言う。それはきっと本心で。
皆には心が広いなんて言われることがあるけれど、意味を確かにくみ取れていない。
菜子は嫌いになる前に逃げるから。
第一印象でちょっと苦手とか、一言交わしてこの人とは合わないな、とか。そういう前に、深く係わることから逃げたりする。もしくは、取り繕うのが上手くなった笑顔とかで。
嫌いな人には、嫌われる、から。
そうしたら、好きな人には、好かれる。そんな法則を自分の中で築き上げたって、いつか綻びが出るはずだ。
そうやって生きて来たら、結城にふられてしまったこと。きっと人生のターニングポイントになっているに違いない。
繋いだ手を離されるなんて、思ってもみなかったはずだから。
悪いことじゃないとは思う。愛されてきた仲睦まじい家族と生きてきた環境があるから。
だから自分とつき合っているのに、他に彼氏に好きな人ができたなんて、きっと困惑したはずだ。自分の常識になかったことだから。
あんなに泣いて、目を赤くするまで好きだったのに、それを気づくのが遅かった。シャワーの音で、涙の嗚咽を隠すのだって、限界だ。
もう楓だって、大きくなった。俺にこっそり「なにかあったのかな」って言えるくらいには、成長している。
菜子に似て、人の気持ちを考えられる子だ。
レオのことだってそうだ。結城のこと、きっと友人だと振り切ったのは、間違いではないだろう。時間がかかってしまったけれど、まあ、初恋って、そんなもんなんじゃないかと思う。
けれど、菜子がレオをつっばねるのなんて、すぐに意味がわかってしまう。
曖昧だけど、好意を抱いているからだ。
修学旅行でやっぱり迷子になったとか、怪我したときだって、いち早くレオが駆けつけたのを、「なんでだろう」って言葉を濁して。
俺は、知ってる。
「なんでレオが来たんだろう」じゃない。
「なんで不安だってわかったんだろう」の、なんでだから。
叫んでもないその悲鳴をどうしてわかったんだろう、っていう。