偽りのヒーロー
「おまつりあるってしってる? 先生がよみせが出るって言ってた。いきたい!」
上機嫌ではしゃぐ楓に、缶ビールに口をつけた父が、困ったように笑みを浮かべる。
カレンダーを見ると、小さく出勤と書かれた父の文字。いつもならお休みのはずの日に出勤とは、何たる運の悪さ。
承諾の言葉をもらえない弟は、「ねえねえ」と父の身体を揺さぶっている。
「何時に終わるの? そんな遅くないんだったら、仕事終わりに行こうよ」
カチャカチャとお皿を片しながら、父を誘った。姉の言葉に火がついて、そうだそうだと拳を突き上げる弟にぶはっと噴き出した。
「いいのか?」
遠慮がちにソファーに腕をつくと、キッチンに立つ菜子を心配そうに見た。中学の頃は、よく友人と行っていた夏祭り。今年もそうするとばかりに、父なりに引いていてくれていたのだろう。
「うん、私も行きたいし。駅まで迎えに行くから、そこから行くのは?」
「いくー! えきにむかえいく! いいよね、おとうさんっ!」
「そうだな。そうするか!」
やったあ、とキャッキャッとはしゃぐ楓。よほど嬉しかったようで、ソファーの上を飛んだり跳ねたり騒がしい。
「早く寝なさい」と何度か怒られていたのにも関わらず、興奮したようで、その日はなかなか寝つかなかった。
それどころか、家族が寝静まる深夜の2時を過ぎても寝つけずに、楓が寝るのを待っていたら、相当に夜深い時刻になってしまっていた。
「寝た?」
一通り騒ぎ立てて、疲れてソファーに値崩れた弟を、父が部屋まで運んでいた。お茶を注いだグラスを差し出すと、戻ってきた父の目が細くなっていて、今にも泣き出しそうな顔になっていた。
「大きくなったなあ。楓、ずいぶん重くなってたよ」
「そりゃなるよ。もう一年生だからね」
そうか、と微笑む父の頬が緩んでいる。泣きそうになったり笑ったり忙しいものだ、とつられて笑みが漏れた。