偽りのヒーロー
慌ててそっぽを向いた。菜子に顔を見られないように。
それでもそんな付け焼刃、菜子にはきかないらしい。当然のようにでてきたハンカチは、見たことがないけれど、馴染みのない匂いがする。
ちょっときつい、香水よりは、シャンプーみたいな、そんな匂い。涙を拭うのも忘れて、犬のように嗅いでしまって、菜子に小突かれてしまっていた。
菜子の手からキャリーケースを奪い取ると、ずしっと重量感のある手応えがあった。小さな子どもよりずっと重そうだ。
シルバーのアルミのケースに傷がいっぱいついているのは、あっちで過ごした歴史みたいな月日を突きつけられているようで、少し、怖い。
外回りのついでだ、なんてわかりやすい嘘をついて、半ば無理やり乗せたようなものだけれど、無地に帰路につく高速を走っていた。
その道のりは、一時間もしないうちに菜子の家に着いてしまうだろう。高速に乗ってから、下道を行けばよかったと後悔した。
「……なんか喋ってよ」
助手席に乗せた菜子は、窓の外を見ていた。遠慮気味に言ったレオの言葉は、高速道路特有のごうごうと聞こえる風切り音よりは、耳に届いているはずだ。
「外回り、ずいぶんラフな格好ですんだね。ふふっ、……ありがとう。荷物重かったから、助かった」
菜子の声が、はっきりと耳に届く。電話でもなんでもない、菜子の声。
にやにやと口がゆるむのがわかった。きっと顔も崩れている。それでも今は、その表情は整えられそうにない。
落ち着いたところで、指輪の有無を確認したが、つけている形跡はない。他に何か、何かないだろうか。
運転をしているせいで、よそ見なんて許されない。他に手立てはないかと考えていると、菜子の「あ」という悲鳴に、心臓が、飛び跳ねた。
「……これは彼女の? 落ちてるよ」
そう言って、レオの目の前にかすかに視界に入るくらいに、ひらひらと菜子は手を揺らしている。親指と人差し指の間に何か持っているようだけれど、しっかりとは確認できない。
ちらちらと菜子に顔を向けると、月日の経過など感じさせないくらいに、レオの感情を汲んでいる。
「指輪。これ高いやつでしょ。私でも知ってるもん」
「え、いくら?」
「自分で買ったのにわからないの? たぶん20万弱とかすると思うけど……」
「た、たっけえ!」
噛み合わない会話に、菜子もレオも、互いに首を傾げていた。そこかはかとない浮遊感。疑念を抱かずにはいられない。