偽りのヒーロー
そういえば、実家を出たはずの兄が、一週間前、実家に帰って来ていたっけ。
実家を出たと言っても、一時間ほどで行ける場所だけれど。時折ふらっと帰って来ては、だらっとしてたらふくメシを食べていく。
その上、俺に悪態ついて自由にストレスを解消していく兄が、一週間前は、気落ちして実家に帰って来ていた。
一度、夜に部屋に閉じこもって声を荒げて口喧嘩になったあと、頭を掻きむしって、無理やりコンビニに連れていかれたから、覚えている。
お高いカップのアイスを買わされて、いい迷惑だ。
「どこに置いてきたんだよ」
「信じらんねー。なくすか、普通」
「どうせホテルとかじゃね。男の家だったら最悪だな」
なんて、散々わめいていたから、壁を通して聞こえていた。
あれは、彼女の喧嘩だったのか。あんなに苛々していたのは、この指輪、推定20万なんて馬鹿高いこれを巡った喧嘩であれば、腑に落ちる。
「ははっ、違う違う。それ兄ちゃんの。これ、兄ちゃんの車だからさ」
「そっか。よかった」
浮気なんてあらぬ誤解を生んだものだけれど、きっと大事なものだ、と説明すると、菜子が何かを考えるように黙ったあと、空港で見たハンカチを取り出して、何やら助手席で動いていた。
「レオ、お兄さんの彼女と会うことってある?」
「あー…まあ飲もうっつって結局好きなだけ愚痴言ってくとかならあるけど」
「じゃあ、連絡できるのなら、事前にお兄さんの彼女と口裏合わせてね」
「仕返しね」と意地悪く言う菜子の手元には、ハンカチがペンギンみたいな形に姿を変えていた。
懐の、いわゆるお腹の部分に指輪の頭だけが見えていて、可愛らしいプレゼントみたいになっている。
仕返しというには可愛い気がしたけれど、これを兄の部屋に置いて、兄の彼女が問いただす画を思い浮かばると、浮気とあらぬ誤解をされた彼女の気持ちも解消するわけか。
巧妙で、ちょっとこずるい小悪魔みたいな。なんて可愛い仕返しなんだろう。思わずレオは肩を揺らして笑っていた。