偽りのヒーロー
「……なんで泣いてるの」
ふふ、と笑った笑みが、あの日の顔と、重なった。あのときみたいに花は咲いてはいなかったけれど、景色が色鮮やかに見える。
「もったいない。赤くなってるよ。せっかく青いバラみたいに綺麗な目なのに……あれ? なんかデジャヴ……?」
きょとんとしていた菜子を、力いっぱい抱きしめた。「菜子、菜子、菜子……!」と、何度もその名前を呟いて。
「……レオは、レオは、あれ? ここで会ったことある子?」
こくこくと頷くだけで、声にはならなかった。
「金髪じゃないじゃん!」とけたけた笑う突っ込みには、何も返せなかった。
菜子のコートの肩口が、レオの流した涙の染みを幾度となく作っている。溢れ出した想いが、言葉にならなくて、涙をすするのが精いっぱいだった。
あのときみたいに、泣いている。ううん、もしかしたら、あのときよりも。
違うのは、菜子がこの身体を抱きしめて、くれていること。
「レオ」
「……」
「ごめんね。何回言っても足りないけど」
ふるふると、左右に振られた顔は、菜子の「ごめん」に対してだとは、わかっている。それでも何度も呟いた。言っても言っても許されることではないかもしれないけれど。
「……今は、楽しい?」
「……?」
「やっぱり笑顔のほうが似合ってる」
『やっぱりえがおのほうがにあってる』
昔の姿と重なった。昨日のことみたいに記憶が呼び起こされている。
笑って細くなった目も、へにょりと下がった目尻も。伸びた髪が、ひらひらと冬の風に揺らいでいて、憧れていたあのヒーローの姿が、大きくなって恋い焦がれた女性の姿になっていた。
「菜子……!」
抱きしめるだけじゃ物足りなくて、貪るようにその口を求めた。酸素が足りなくなって、一度放した唇は、少し甘いのにしょっぱいみたいだ。
もう一回、とねだるようにキスをすると、笑って受け入れて抱きしめてくれた、背中に回された手も、胸元に感じる体温も、現実のものだった。
今この瞬間で、止まってほしいほど。今が一番幸せだと感じるくらいに。