偽りのヒーロー



 夏休みになると同時に、平日も数回のバイトのシフトを組んだ。平日の日中の時間は、菜子がバイトをしているときと違って、ずいぶんと客層が違うようだ。束の間の変化を感じられて、なんとも充実した時間だ。

 家でこつこつ取り組む宿題。時間に追われず、ゆっくりできる洗濯や掃除などの家事。たまに取り合う友人との連絡、街でのウィンドウショッピング。

ゆとりのある時間がなんとも心地良く、毎日が充実している。



「葉山」

「うわっ! あ、結城くんか。びっくりした……」



 建物と建物の間の細い道。ほぼ決まりきった人達しか通らない小さな道から、にゅっと手が伸びて菜子の腕を掴む。思わず悲鳴をあげて、たじろいでしまった。



「花買いに来てくれたの? まだお店開いてるから、どうぞ」



 家路に着こうとしていた歩みを止めて、来た道を舞い戻る。花屋の店員が使用する裏口ではなく、花を買いに来るお客様の使う明るいお店の入り口に案内しようとすると、結城がそれを制した。



「や、葉山に会いに来ただけだから」


 結城に掴まれた腕が熱を持つ。真っ直ぐに視線を送る結城に、菜子は不思議そうに首を傾げた。


「あ、そう……なの?」

「ふっ、なんだそれ。お前、帰り歩き?」

「え、ああ、うん」



 くくっと肩を揺らして笑う結城に理解が追いつかず、菜子は終始きょとんとした顔を向けていた。



 数十分の家路を、菜子と結城は並んで歩いていた。有無を言わせぬというよりは、2人で歩くその道は、あまりに自然な流れで拒む様子は全くない。


「葉山さあ、返信しろよな。お前とのやりとり全然続かねえの、あれ何だよ」


 文明の利器に頼った会話のやりとりを成立させられる頃には、数か月かかりそうだと、道中、菜子の態度に文句を並べられていた。



 学校に行くことのない夏休み。いつもは通学定期を使って電車で通うその道を、運動がてらと歩く数十分。イヤホンを耳につけて、好きな曲と共に歩みを進めるその時間。いつしか結城と並んで歩いて帰るのが習慣のようになっていた。


「暇なの?」



 結城にここぞとばかりに疑問をぶつけた菜子の言葉に「うん」と返されてしまえば、もはやそれ以上掘り下げられる手立てもなく。「そっか」と笑う菜子に、満足気に頷く結城が印象的であった。


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