偽りのヒーロー
「しっくりくるな。すぐ返事くると」
「最後の曲が一番好き」と、菜子がCDを手渡すと、結城が感慨深そうに呟いた。
「お前のこれ、癖?」
ビニール袋に包まれたCDを、結城がひらひらとさせながら微笑む。わりに割れやすいCDのケースを、カバンの中に一緒に入れた雫のついたペットボトルで濡らすのもな、とエチケットよろしく入れただけのそれ。菜子の習慣が結城には新鮮に見えてのかもしれない。
「あ、ごめん、変だった? なんとなくやってるだけなんだけど」
ふーんと、目の前にぶらつかせたCDを、結城はじっと見つめていた。
会話の途切れた道すがら、地域の行事ごとが掲示されているポスターが目に入った。結城の視線を追った菜子が、「そろそろ夏祭りの時期だもんね」と呟く。
「……行くか? レオとかも誘って」
前を見据えて口を開く結城に、「私用事ある」とすぐさま断られ、肩透かしを食らってしまう。
「……あっそ」
素っ気ない結城に、多少菜子はたじろぐも、変わらずばいばいと手を振ったが、結城はそれに応えることなく、すたすたと急ぎ足で帰って行った。
その次のバイトの帰り道いつものように「お疲れ様です」とドアを開けると、結城の姿が見当たらない。
習慣になった並んで歩く帰り道は、特別約束したわけでもない。刷り込みのように、しばらく結城を待っていたが、鳴らない携帯を見て顔をふるふると振った。
つき合っているわけでもないのに、わざわざ帰りを待っていてくれていたことの方が非日常だったのだ。そう納得した菜子は、久しぶりの一人の帰り道を寂し気に歩いていた。
毎日のように来ていた、結城からの連絡は今日もない。
日常と化した菖蒲との連絡と、レオの日記のような写真つきの文面。気にしている自分がなんとも気恥ずかしい。ささやかに浮かれた自分を、お風呂場でぶくぶく泡を吹きながら嗜めた。