偽りのヒーロー
「これ?」
楓の隣を、大きな黒い影が遮った。腰を下ろして、ひょいっと、いとも簡単に釣り上げたのは、結城くんだった。
「……もらっていいの?」
「いいよ。あげる」
わしゃわしゃと楓の頭を撫でまわす。頬を緩ませたクラスメイトに、「ありがとー!」と、ヒーローでも見たかのように、嬉しそうにヨーヨーをたわませている。
「……家族と来るならそう言えよ」
ぽつりと呟いて、颯爽と一緒に来たであろう友人のもとへと帰っていった。その中にはレオもいて、人混みの中でも頭一つ出る大きな身体で、ぶんぶんと長い手を振っていた。
帰り道、満足気にヨーヨーを弾ませる楓をよそに、何やらもじもじと様子を窺う視線を感じていた。
「何?」と菜子が聞いてみれば、視線先の父は、横切った手を繋ぐ寄り添ったカップルから目を逸らすと、心底気まずそうに口を開いた。
「さ、さっきの子は、その、菜子の彼氏、なのか?」
全くもって不自然なその言葉は、努めて平静を装って問う努力が垣間見られた。上擦った声と、噴き出した額の顔を拭って、チラチラと菜子の様子を窺っている。
口を開こうとした菜子に、「ちょっと待って!」と、胸元を必死でさする父親を尻目に、菜子は笑い交じりに淡々と言い放つ。
「違う。友達。同じクラスの」
「そうか」と安堵し、家族以外の異性の話は一旦落ち着いたはずであった。
しかしながら、「げーのーじんみたいだったね! ヨーヨーの人」と、意気揚々に話す弟の言葉から、いかに健全な交際をすべきかとか、男子高校生であれど男であるとか、説教じみた男女の関係について長々と説く父が、ひどく焦っているように見えて、思わず菜子は噴き出した。