偽りのヒーロー




 どぼんと勢いよく水に落ちると、げらげらと笑い合って歩いているうちに、見覚えのある人影が目に写った。

その人は、見たことのない肌を晒した水着を着ていて、上に羽織ったパーカーを脱ぎ捨てると、大人の男性と交代に、小さな男児の手を取って浅いプールに向かって行った。



「あれっ、菜子じゃん! 声かける?」



 両手を額にくっつけて、滴り落ちる水気を遮っていた。返事のない結城を置いて、友人たちはアトラクションへと歩みを進めると、はっとしたように結城もそのあとに続いた。



「アイツさあ、いっつも家族と一緒にいねえ?」



 自分たちと同じように、遊びほうけるのが女子高生の勤め、くらいに思っているのは結城だけではないだろう。


夏祭りだって、絶妙なタイミングで誘ったはずの言葉を呆気なく跳ね除けて。
悪気はないのかもしれないが、格好つけた自分が異常に恥ずかしくなって、次の菜子のバイトの日は、店に行かないことにした。


拒むことのない数十分の道のりは、結城の日課のようになっており、家にいる時間がひどく落ち着かないように感じられた。

あれほど通い詰めたのだ、違和感を覚えて連絡の一つくらいくるだろうと思っていた携帯は、うんともすんとも鳴ることはない。



次第に健全なアソビをしている自分が馬鹿らしく思えて、あの日、数人と行った夏祭りで、彼女らしい女の一人でも作っておくかと思ったときに、誘いを断ったはずのクラスメイトを見つけた。



 文句の一つでも行ってやるかと思って近くまで行ってみれば、家族らしき大人の男性と、小さな男の子。ヨーヨーの浮かぶ小さなプールの前で、困ったように目尻を下げていた。


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