偽りのヒーロー
菜子の母親が亡くなったのは、一年程前の夏休みに入ってすぐのことだった。
もともと身体が強いほうではなかった母は、菜子が小さく楓はまだ生を受けていない頃。精密検査やら検査入院やら、今現在菜子の通う高校の近くにある大きな大学病院まで度々通っていた。
あの頃は幼くて、診察室まで一緒に入ろうとする菜子に両親が困ったように笑みを浮かべても、頑として動かない。泣き喚く菜子を、祖父母が病院近くの花の咲きほこる公園に連れて行ってくれたものだ。
この一年は、長いようで短かった。母親のいなくなった虚無感がどうにも埋められなかったから。
夏休みの最中に、家の中が混乱の渦中のあったことは、不幸中の幸いだった。
葬式を忌引きで休むこともなく、夏休みだったこともあり、同じ学校の友人には知られずに済んだ。聞かれるのも辛い気がしたし、それが一番理想的だった。
未蔓の家族に関しては、親同士が友人ということもあり、お葬式の手伝いやら何やらで、ずいぶんと世話になった。そのおかげで未蔓には筒抜けになっているのだけれど。
中学3年生の初冬、願書の出す間際に菜子は急遽進学先を変えた。
当時の担任の先生は、驚きつつもゆっくりと菜子の話を聞いてくれた。いかに高校の進路が重要であるかと同時に、決して進路が人生の最後の分かれ道ではないと。
分岐点はいくつもあって、きっと今はそのひとつだと、否定されると思っていた迷惑な進路変更を受け入れてくれた。
それまで志望していた高校は、工業高校や商業高校ではない、普通高校だった。当然、そのぶん受け入れる間口も広い。
家から近いこともあって、同じ中学校の大半の生徒は、その学校に進学先を決める。菜子もそのつもりだったのだが、どうにもみんなの顔を見ると、それまで過ごした思い出と一緒に、母親の顔も思い出しそうで、そこに行くのは止めたのだ。
そのかわり、家からも通学範囲内の学校でと進路を進めた。それが今の高校だ。
制服がかわいいと人気だし、何より自分と同じ中学校の人がほんの一握り。一から始める、というには曖昧なものかもしれないが、当時の精一杯の決意表明。
未蔓が同じ学校へ進学先を決めただなんて、受験間際になってから知ったことであり、驚いたものだ。心配、してくれたのだと思う。