偽りのヒーロー
「……ごめん。やなこと聞いた」
「いいよ。謝られることでもないからね。ていうか、プールいたなら声かけてよ」
結城はひどく困惑したように声を潜めた。俯く結城に、菜子は明るく茶化して見せる。
ごめんと言われることではない。だって誰かが悪いことをしたわけではないのだから。もとより家族ではない、他人の結城に謝られるのはお門違いだ。
それでも第三者が聞いたら、こんなやりとりは定型文。相手にしてみれば、ごめんというほかないのだから難しい。
……このやりとりを回避したい気持ちも、きっとあの頃はあったのだと、今では理解している。
「ごめん。違くて。無理やり聞きたいとか、そういうんじゃなくて」
いつもは余裕さえ感じられる結城が、珍しく狼狽えていた。言葉を探すように、必死に頭を悩ませている。鈍く歩く結城の歩幅に合わせて、菜子も同じように歩みをゆっくりと進めた。
何か言いたげに口を開くと、再び口を閉ざしては俯く。
結城の言葉を待っている間は、静寂の時間が流れていた。夕方にそよぐ生温い風を感じながら、ゆっくりと歩いていると、手をぐんと引かれ、進んだ道を振り返る。
「ごめん。なんて言えばいいかわかんねえ」
「うん?」
「けど、黙ってられるの、なんかやなんだよ。でもおかしいだろ、こんな形で聞き出すの」
何度もごめんと呟く結城は、掴んだ菜子の指先を放さなかった。
いつしか向かいあったその体勢が、ダンスを踊る人みたいに感じられて、菜子は堪らず笑みを漏らした。不思議そうに視線をあげた結城に笑みを向けた。