偽りのヒーロー



「菜子ー。ミッツ来てる」



 ドアの傍から、レオが離れた席に座る菜子に声をかける。

夏休みの偶然の出会いを経て、「ミッツ」と可愛らしいあだ名で呼ぶくらいに仲良くなったレオ。聞き慣れないあだ名を聞いて、紫璃は眉間に皺をよせていた。



「どうした?」



 わざわざ足を運ぶことのない遠いクラス。気だるげに教室の入り口に立つ未蔓が、はあとため息をついている。



「帰ろ」

「え、うん。じゃあ、私掃除当番だから、ちょっと待ってて」



 わざわざ離れた教室まで迎えに来るものだから、何事かと思えば。

レオと会話を弾ませて、クラスメイトかと見間違うほどの馴染みよう。菜子のカバンの中を自分のもののように自然に開けて、お菓子を取り出し食べ始める。

一体何があったのだ、と疑念を抱いたのは菜子だけではない。訝し気に未蔓に視線を投げかけるのには誰も気づいていない様子であったが、紫璃は心中穏やかではない。



 朝の通学路は、もう習慣のようになっていて、毎日のように未蔓と一緒に歩いていた。

クラスが遠いこともあり、帰りに関しては約束などしておらず、玄関でばったり会ったらそのまま帰る、会わなかったら各々帰る。そんな自由気ままな時間を過ごしていたのだけれど。



 うーん、と腕を伸ばした帰り道、未蔓が大きくため息をついていた。何かあったらしい、その変化がわかりやすくて、「なんかあった?」と聞かずにはいられなかった。



「女子の気に当てられた」

「いやもう全然意味わかんないんだけど」



 言葉足らずな未蔓に、早々と突っ込みを入れた。補足も何もないその言葉足らずさに疑問符が浮かんだのだが、それはすぐに解決した。




 夏休みを経て、程よく焼けた健康的な未蔓の肌。海や山に遊びに行ったわけではない。楓にせがまれ、嫌々引率した市民プールに行った回数は、両手で足りるだろうか。

そのほかにも、ボール遊びだと楓についていった公園で遊んだ暁には、芸術家顔負けのオブジェみたいな大作を、日が沈むまで作っていたり。

あれほど日焼け止めを塗ったほうがいいと、菜子の使いかけた日焼け止めをあげたはずなのに、いつしかそれは未蔓の部屋のオブジェと化していた。


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