偽りのヒーロー



 ひょろひょろとしている未蔓が、時を経て細身の男性へと変貌を遂げたように見えるのだろうか。同じクラスの女子に声をかけられて鬱陶しいのだと言っていた。

夏休みの前から、告白されたりしているのだから、夏休み明けとか関係ないのだと思うのだけれど、本人いわく、そういう理由らしい。

一言二言交わす程度であれば、問題なくとも、まとわりつかれるとどうも疲労困憊するらしいのだ。



「なんで女子ってあんなにうるさいんだろう。匂いもすごい」



 鼻をつまんで、眉間に皺をよせていた。女子の気に当てられたという未蔓は、ぐったりしていて信号で歩みを止めるたびに寄りかかってきて重い。菜子にかけられた未蔓の体重が、成長の兆しを感じられて、親のような気持ちになっている。



「あんまそれ言わないほうがいいよ」



 クラスメイトに不満を漏らす未蔓に、苦笑しながらひっそりと嗜める。

未蔓の言葉から察するに、強烈な香りのもとはきっと香水だと思う。菜子が思うに、学校にまで香水をつけるような敏感な女子は、恐らくクラスの中でも目立つ女子生徒のはずだ。

言いがかりでもつけられてしまったらたまらない、と未蔓に提言した。



「だから菜子に言ってる」

(うわ、珍しく怒ってる。機嫌悪いなー)



 深く刻み込まれた未蔓の眉間の皺を、指で触れてぐにぐにと上下に動かした。

お正月の正位置に置けていない未完成なおたふく顔みたいになって、声をあげて笑う。疲弊していた細い肩が、変わらずしゅんとしていて、背中をぽんぽん叩いてあやすように帰路についた。


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