偽りのヒーロー



「菜子が携帯見てるなんて、珍しいわね」

「ケーキ、買いに行こうと思って。今日、弟の誕生日で」



お昼休み、菜子は開いたお弁当箱をつつくその手が止まっていた。いつもはがつがつと言っていいほどの気持ちいい食べっぷりの菜子が、今日はまだお弁当箱の底すら見えていない。



家族の誕生日には、定番ながら菜子の家でもケーキを食べてお祝いをする。食卓を鮮やかに彩る綺麗なお祝いのケーキを、ネットを駆使して探っている。


「なるほどね」と笑みを浮かべた菖蒲は、小さなお弁当箱の中身をつまんでいた。菜子にとっては、たまに買う誕生日のケーキが一番悩みどころ。

日々口に入れるものは、ほとんどがスーパーに並ぶお菓子で、綺麗なケーキは滅多に口にしない。この前クラスメイトの女子たちの話題の中に上がっていた、スイーツパラダイスなるものには気が乗らない。

そんな情けない女子高生のアンテナは、流行ものには若干疎くて困っている。



「何? ケーキ?」



 菜子がしきりに触る携帯を、堂々と覗いてくるレオの顔が近い。

「お前ケーキ食べないじゃん」と、言葉と一緒にパン屑が飛んできて、ポケットからティッシュをとりだした。



 菜子のまわりにできた小さな人の輪は、ああだこうだとケーキ議論で盛り上がりを見せる。

フルーツタルトがいいだとか、やはり定番といちごショートであるとか。小さな子の誕生日なら、キャラもの一択でしょ、なんて有り難いながら菜子を混乱に貶めるアドバイスが飛んできて、目をぐるぐるとまわす。



 できれば見てから決めたいのだ。それでいて、バラエティに富んだ商品であれば尚のこと良い。

そんなわがままを、考え疲れて机に突っ伏した菜子の頭をわしゃわしゃとかき回したのはレオだった。


< 71 / 425 >

この作品をシェア

pagetop