偽りのヒーロー
「あれ? うちのお店探してるのって、葉山ちゃん?」
「知ってる人?」と、首を傾げる未蔓につられて、菜子も一緒に首を傾げた。同じ制服を身に纏うその人は、間違いなく同じ学校の人だとはわかるのだけれど、同級生のどの顔にも結び付かない。
束の間の静寂が流れるその瞬間を、その女性は笑い飛ばしてこう言った。
「あはは! 覚えてないかな? あたし、入学式に教室に案内した……」
「ああ! 三年生の綺麗な先輩!?」
「やめてよー。綺麗だなんて、そんな」
入学式早々、遅刻ギリギリに教室に入った菜子。そんな菜子を、教室まで案内してくれた先輩だ。ピンク色に彩られていた唇は、今日は朱色がかった赤で彩られており、相も変わらず、いやそれ以上に綺麗になった先輩をつい凝視してしまう。
「うちね、洋菓子店なのよー」
ふふふと、綺麗に弧を描くその笑みが、入学式当日に見た綺麗な笑顔と重なった。既にずいぶんと昔のことのように感じられる記憶が、鮮やかに呼び起こされる。
すたすた歩く細い背中についていくと、小道に入ったところに、綺麗な外観のお店が佇んでいた。
シュッとした道なんて一本も通ってないじゃん、と口を尖らせると、舌を出した陽気なレオの顔がもくもくと浮かんできて、イラッとしてしまった菜子だった。
「いらっしゃいませ……ってあら、美奈。裏から入りなさいって、あんた何度言ったら……」
「違うよー。お客さん」
これまた綺麗な女性が、店内で迎えてくれた。先輩の母親だろうか。砕けた話し方に、家族特有の信頼関係みたいなものが感じられた。
ふと母がいた頃の記憶を見てしまったからかもしれない。その気兼ねないやりとりに、笑みが浮かぶ。
「ゆっくり見て行ってね」と、優しく話しかけてくれた先輩の母親に、菜子は軽く会釈をした。
菜子たちのほかにも、数人の客がショーケースの中を見てキラキラと目を輝かせ、微笑んでいる。
レジに向かった先輩の母から目を外すと、忙しそうに会計をしていた。