偽りのヒーロー



「あの子彼氏かなー。あー、葉山ちゃんにもっと聞いておけば良かった〜」



 ソファーにどかっと腰かける姉に、置いてあったクッションを叩きつけた。「何すんのよ!」と黄色い悲鳴が飛び交ったが、母の「やめなさい」という低い声で瞬時にして制圧された。



 その夜、携帯を片手に、未蔓は悩まし気にベッドへ身を投げていた。「隣にいた男って誰だよ」という言葉は拒まれて。どうでもいいことで連絡しようと試みるも、手が動かない。

菜子との共通の話題といえば、学校の話。しいて言えばレオや蓮見の話。他に無理やり作った共通点の、バイトの話。

最近は他愛のない話もできるようになったことを鑑みれば、ずいぶん進展したように思えるが。

しかしどこまで聞いてもいいものなのだろうか。



 風呂にまで携帯を持ち込んで、ああだこうだと考えては業を煮やす。菜子としたやりとりの文面を携帯の画面に表示して、じっと見つめる。

 「うん」「わかった」「いいよ」。どれもこれも短文で、字面だけ見てみれば、ひどく冷めた人物のように思えるものばかり。

しかしながら、頭の中で再生される菜子の言葉は、どれも明るく微笑むような、冷めた文面とは程遠いもので、それらを脳内再生してしまう自分自身がなんとも気色悪い。



「……くっそ、なんにも思いつかねー」



 両手で湯船のお湯をすくって、ばしゃっと顔に叩きつけた。

考えたところで、何の感情も持たない無機質な携帯はしぃんと静まり返ったまま。ぼうっと湯船と使っていると「早く上がってよ!」と姉の声が聞こえてきて、興ざめだ、と眉間に皺をよせたまま、浴室を後にした。



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