偽りのヒーロー
action.7
黒板にカツカツと名前が刻まれていく。クラス別対抗リレーと書かれたその横には、未だ名前は刻み込まれていなかった。
「立候補優先しまーす。我こそはクラスのために走ってやるっていう猛者はいませんかー」
教壇に立つ、体育委員の冗談交じりの言葉に、教室がどっと笑いにつつまれる。
秋の祭典、体育祭。運動会みたいなものだけど、小学校のときのように父兄が観覧に来るわけではない。生徒同士で作り上げて、生徒同士で賑わう行事には、もれなく絆が生まれるという行事ごと。
秋晴れの空を見上げる菜子は、他人事のようにぼうっと視線を投げていた。
「挙手ないからスポーツテストの順で決めるよー」
春の体育の授業で実施したスポーツテスト。反復横飛びをしたり、前屈をしたり。体育館内に限らず、校庭に出て、50m走や長距離走をしたりして。
その結果がAとかBとか、無機質なアルファベットの文字で判定が下される。
「じゃあ男子は和馬ー、女子は菜子でー!」
「えっ、嘘でしょ!? 風香は?」
「風香は陸部なんで無理でーす。残念! 菜子だからね、練習ちゃんと出てよー?」
ぶわっと菜子の背中に冷や汗が伝った。確かに春のスポーツテストの結果は、A判定が並んでいたけれど。
「くっ……」
「はーい観念してくださーい」
菜子は両腕を机に乗せて、歯を食いしばった。嫌だと言わんばかりのその態度を、体育委員がにしし、と意地悪な笑みで、有無を言わさず名前を書きこんでいく。
白のチョークで描かれた葉山菜子と言う字が、異様に主張しているように見えて、ぱったりと力なく机の上に頬を乗せた。