偽りのヒーロー



「すげえ! 菜子足速いんだ! 意外〜。いいなあ〜」



 紫璃の背中越しに、褒めているんだか茶化しているんだかよくわからないレオの言葉が飛んでくる。男女別に行う体育の授業では、互いにあまり知られていないことばかりだ。

菖蒲がソフトボールを30m近く飛ばすなんて呆気に取られていたし、レオの握力が60kgもあるだなんて知らなかった。紫璃に関しては、どれもこれもがB判定だったし、と怠そうに言うそれは、俗にいう手を抜いた傾向が認められる。



「全然よくない」



 菜子は褒めてくれたはずのレオの言葉を突っぱねた。



 リレーなんて、当然の流れだが運動部の足の速い人達で固められる。体育祭の独自のルールで、陸上部は速さを競うリレーには出場できないのだ。そのおかげで、繰り上げになったに違いない。

名前の並ぶクラスメイトは図ったように皆運動部。バレー部、バスケ部、テニス部、ソフト部。お門違いなその現状に、菜子は身体を縮こめた。



「俺なんて長縄回すほうなんだぜー。どうせなら飛びたい!」



 腕をぐるぐるとまわして、レオは長縄をまわす仕草をした。「でかいからね」とクラス中からつっこみが入って来て、思わずみんな噴き出した。



「棚からぼたもちの私に比べたら、レオはよっぽど選ばれし者だよ」



 頬杖をついて、ぶさいくな顔になった菜子がぽつりと呟く。未だリレーの選手に選出されたことを悔いているようだ。そうは言っても、嫌だと断ることもできない性格が恨めしかった。



 「選ばれし者とか俺勇者かよ……!」と、天を仰いで拳を握りしめるレオに、窓際に寄りかかった菖蒲も、隣で足を組む紫璃も呆れ顔をしていた。


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