偽りのヒーロー
ジャージに着替えた体育の授業中、応援団幕に、ぺたぺたとペンキで色を塗っていた。
「燃える闘魂」と書かれた弾幕を、赤いTシャツを身に纏った人たちがこしらえていると思うと、なんだか笑みが漏れた。
「燃えすぎだろ」そんな紫璃の言葉を聞いて、菜子はぶはっと噴き出した。
文字を縁取ってから、その中を塗りつぶしていく。そんな菜子の仕草を紫璃がまじまじと見ていた。
「やらないならペンキちょうだい。足りなくなっちゃった」
軽くなったペンキの入った器を宙に掲げて、ひらひらとなくなったことを示した。
じっと菜子の顔を凝視したままで、たぷたぷのペンキの減っていない缶を、紫璃は手に取ろうともしない。
痺れを切らした菜子が、手を伸ばそうとすると、「昨日さ」と呟く紫璃の声と共に、その腕を掴まれた。
「リレーの人さあ、なんか距離近くね? あれ誰? 2年? 3年?」
紫璃の言葉に菜子は首を傾げる。機嫌を損ねさせたのだろうか、掴まれた腕が痛い。ただならぬ雰囲気が深刻さを醸し出すようで、菜子は言葉に詰まってしまう。
「今の二人の距離のほうが近いと思いまーす」
胡坐を掻いたレオが、空気かの如くなりを潜めていたところ茶化すように声をあげた。ニヤニヤと何かを企んでいそうな笑みに、紫璃は「うっせ」と菜子の腕から手を放す。
静寂の空気を感じ取ってくれたのかそうでないかは定かでないが、困り顔の菜子の顔がふと安堵したように見えたのは間違いではない。